History of Japanese aesthetics for smarphone readers

Japanese aesthetics, simple and minimalist design details and unique appreciation of natural beauty, in 4 concepts: mono no aware, mujo, wabi-sabi and iki.

Wabi-sabi 101 for smartphone readers

Wabi-sabi is a traditional Japanese aesthetic concept and one of the oldest manifestations of minimalism in art. Find out what it is exactly in a relevant way.

What is wabi-sabi in Japandi? for smartphone readers

As wabi-sabi is not a design style, it takes a little learning to apply it in Japandi, a Japanese Scandinavian design aesthetic hybrid. Here’s what you need to know.

アメリカ国民は本当にトランプを支持しているのか?

アメリカ国民は本当にトランプを支持しているのか?

せっかくアメリカの選挙民の概要を4:2:2:2理論という形にしてみたので、トランプ支持者がどこに属するのか、トランプは再選されるのか、考えてみたい。

アメリカの有権者のだいたいの内訳。二つの勢力が選挙民を二分して拮抗しており、その状態が長く続いている。あれだけ大きな国でありながら、大統領選の結果が僅差で決まることも珍しくない。

トランプ支持者の位置づけは非常にはっきりしている。保守強硬派、図で言うと一番右端のバブルに相当する。ということは、全国民の1割、選挙に行く人(選挙登録をしている人)の2割くらいに当たる、と考えられる。この2割は熱狂的な支持者(base)といっていい。失言も失策も批判することはなく、ほぼトランプに同化して、全て受け入れて支持している。アメリカは二大政党なので、上の図のように、共和党も民主党も、強硬派だけでなく穏健→中道に近い勢力も支配下に置いているはずだが、トランプの急速な台頭と彼の人気にあやかって自分たちのアジェンダを推進しようとする強硬派のおかげで、共和党は一気にタカ派化。穏健派や伝統的保守派は虫の息となっている。彼らの一部はNever Trumperなどと呼ばれ、トランプに反対するグループを形成しているが、共和党内には居場所がなくなり、かといって民主党に合流するようなイデオロギーでもないということで、政界から引退したり、反トランプの選挙運動をしてみたり、支持を止めたりもしているようだが、大きな勢力にはなっていないと考えられる。日本でも「安倍一強」にもの申せない自民党議員が問題になっているが、アメリカも大差はない。非支持者から見ると、トランプがどんなでたらめを言っても、それを批判したり正したりするどころか、彼に跪いているようさえ見える。

そんなこんなで、共和党内の勢力は、強硬派:穏健派半々ぐらいから、強硬派60~70%になり、残りの30%内外の人たちが存在感をなくして消滅しようとしている、というのが現状ではないだろうか。

実際にトランプの大統領としての支持率を見てみると、だいたい40パーセント台を推移しているので、このコアな支持層に、共和党に居場所がなくなった人以外の共和党支持者と無党派層が上積みされていると考えられる。40パーセント台というのは悪くない数字に見えるが、歴代の大統領と比べて高い数字ではない。他の大統領のように50パーセントを超えたことがない、という事実が支持の広がりのなさを表しているのだろうし、その一方で低いなりに安定しているところがトランプの支持者の熱狂ぶりを表しているかもしれない。

ギャラップ社による歴代大統領の支持率推移。トランプの支持率は低いが、安定している。

アメリカの大統領の任期は4年。今年は大統領選だ。熱狂的な支持層を抱えるものの、それ以外の層に全く広がりを持たないトランプではあるが、それでも再選の可能性は大いにある。なぜそうなるのか。

それは、アメリカの選挙制度に大いに関係がある。

皆さんは「一票の格差」問題をご存知だろう。選挙区の分け方や、どの地域から何人選出されるかは、必ずしも人口に比例しない。都市部からばかり代表者を選ぶわけにいかないからだ。そのため、人口の多い都市部の選挙民の一票と、人口の少ない地方の一票では、その重みが全く違ってくる、という問題だ。よく例に挙げられる千葉四区で、人口の少ない選挙区の2倍以上の格差になった例がある。

しかしアメリカでは一票の格差が問題になっているようにはあまり感じられない。むしろ問題になるのは、「州の格差」だ。アメリカは統一された国とはいえ、やはり根本的に連邦制の国なのだ。州の自治権や尊厳が最大限に尊重されることが第一の優先順位だ。

どういうことか。人口4000万人のカリフォルニア州と、60万人のワイオミング州、住人の数は驚くほど違うが、独立して尊重されるべき州であることにはかわりがない。そのため、同等に扱われるケースがあるのだ。日本人として最も驚いたのは、上院だ。日本で言えば参院、下院(衆議院)のチェック機能を果たす重要な議会であり、任期も7年と長い。その上院は、なんと各州2人づつ、合計100人で構成されているのだ。4000万人の州も、60万人の州も仲良く二人づつ!日本の地理に当てはめたら、関東圏を全部まとめて二人しか選出されないのに、鹿児島県からも二人選出される、と言う感じだろうか。驚くような一票の格差。2倍、3倍などというレベルからかけ離れている。しかし、そこはアメリカ人は問題にしていないように思われる。

しかしもちろん、こういう選挙の区割りや代理人の数は、選挙結果を大きく左右する。

共和党の支持基盤は、人口の少ない地方の白人男性中心。地図でいうと、南部、中西部あたり。一票の格差で得をする地域だ。

民主党の支持基盤は、都市部、都市近郊部、白人以外の人々を含み、女性も多い。地図で言うと、東西に広がる沿岸部。一票の格差では大損をする、大都市を多く含んでいる。

都市部の多い民主党(青)地域が、広大な共和党(赤)地域 –人口は少ないが、選挙区は十二分に与えられている — をサンドイッチしているような感じだ。それなので、共和党は、票の総数で負けても、とにかく地方の地盤を固めていれば何とかなる。実際に、人口に関係なく各州から二人、という制度がある上院では、共和党はかなり安泰だ。民主党がここで過半数を取るのは至難の業ではないかと思われる。

ご存知のとおり、アメリカの大統領選は直接投票ではなく「選挙代理人」という制度を取っており、それぞれの州に割り当てられた選挙人の数が、いわば投票権になる。例えばカリフォルニアが55人、ワイオミングが3人。それぞれの州で勝った候補者が、この人数を総取りする。上院の「各州二人」に比べればましであるが、それでも一票の格差は4倍ぐらいにはなる。というわけで、人口の少ない、地方の選挙区で強い共和党に有利な制度だ。実際に直接選挙で勝って選挙人制度で負ける民主党の候補者は多い。クリントンもそうだった。

アメリカは広いし、経済格差、学歴格差、人種の多様性に日本では考えられないようなばらつきがあるので、元来共和党の地盤である州が急に民主党の議員を輩出することはほぼないし、逆もしかり。東岸西岸の青と、南・真ん中の赤は不動。趨勢を握るのは、数州の「バトルグラウンド」と呼ばれる接戦地域だ。これは例えば、元来共和党の地盤だったものが都市化が進んで民主党に牙城を崩されつつある、あるいは元来重厚長大産業が強く、労働組合→民主党の地盤であったものが、ポピュリストといわれるトランプに投票した、などの時勢で党勢が変わる。この数州が大統領選を決めるのだ。「国民の総意」の結果としての選挙というより、共和党と民主党のパワーバランスの結果が大統領選である。

結局のところ、アメリカに「国民の総意」というものは存在しないのではないか、というのが住んでみての感想だ。一方に白人キリスト教絶対主義の人たちがいて、もう一方にアメリカンドリームを夢見て世界から集まってくる人たちがいる。教育水準も、生活水準も、信条も何もかもバラバラな人たち。そのバラバラな状態を、紙一重のバランスで保っている選挙制度。強靭なのか危ういのかわからない、絶妙なバランス。そしてその絶妙なバランスの上に、世界の安定や平和が成り立っている。何というか、考え始めると恐ろしい問題だ。

野党は本当にだらしないのか?4:2:2:2理論で検証してみる

野党は本当にだらしないのか?4:2:2:2理論で検証してみる

私はアメリカに住んで十数年になるが、トランプが大統領になったのをきっかけに、政治を注意深くウォッチするようになった。それまでは、日本とアメリカの政治風土は全く正反対だし、似たところは全然ない、と思い込んでいたのだが、よくよく観察してみると、どこにいってもどうやら人間の根本は同じらしい、と思うようになった。日本の政治ががたがたしている今、もしかしたらその観察が参考になるかもしれないと考えるので、それを書いてみようと思う。

アメリカの政治を注意深く観察するようになって一番驚いたことは、二大政党である保守側の共和党、リベラル側の民主党の二つの政党の支持率が長年にわたって拮抗していることだ。

選挙登録した人のうち(全人口の6割ほど)、自分を共和党(赤)寄り、あるいは民主党(青)寄りと考える人の数の推移。驚くほど安定して拮抗している。
出典:ピューリサーチセンター

上のグラフは94年以降の数字だが、それよりも長い期間、アメリカでは政局や世界情勢が変わっても、スキャンダルがあっても、雨が降っても槍が降っても、だいたい同じ振り幅でのシーソーゲームが延々と繰り返されてきた。これを知ったとき、私はかなりびっくりしてしまった。日本だったら、政党や内閣の支持率が20%や30%は平気で変わる局面だと思われるような失態や危機があっても、そこまでの乱高下は起こり得ず、むしろ10%でも変わったら、天地がひっくり返るぐらいに感じてしまう。なぜアメリカの政党支持率は、右も左もこんなに安定しているのだろう??

すぐ思いつく理由は、アメリカは世界一の大国なんだから、政党がしっかりしているんじゃない?ということだ。しかし私にはそうは思えない。共和党・民主党そろって常に素晴らしい議員を擁し、素晴らしい政策を打ち出している、というわけでは全くないし、びっくりするぐらいお粗末な政策はいくらでもある。失言を繰り返す議員も多い。問題を起こしたり犯罪を犯したりする輩までいる。子供には見せたくないような醜い争いで足を引っ張り合い、話が全く前に進まない、ということもしょっちゅう。「日本の政治は三流だ」「野党がだらしない」などと言うが、アメリカの議員だってけっこうひどいし、金で選挙を動かそうとする動きもえげつないじゃないか、というのが私の偽らざる感想だ。(もちろん、仕事ができる立派なリーダーの数は日本よりずっと多いし、ちゃんと議員(のスタッフ)が法案を書いている。官僚がそれをやるという日本式の本末転倒は絶対に起こらない。)

もし私の観察が正しくて、政党がしっかりしていることが、必ずしもアメリカにおける安定的二大政党制の永続の原因ではないとしたら、いったい何が違うのだろう??なぜアメリカの政党は完璧じゃなくても高い支持率を維持でき、日本の「ダメ野党」は何十年経っても政権交代を実現することができないのだろう?そう疑問に思い始めたのが、4:2:2:2理論のきっかけだ。

アメリカの選挙民

ところで、4:2:2:2とは何の数字なのか?実は、アメリカにおける選挙民の分布である。全国民を10割とすると、まず、政治に全く関心がないか、社会的余裕がなく、政治とは何ぞやを学ぶ機会がなかったり、参画する機会がない人が約4割いる。これは投票率から逆算した。世界の趨勢を決めるアメリカの大統領選挙も、あれだけ世の中が大騒ぎしても、実は6割弱なのだ(オバマ効果で今まで選挙に行かなかった人たちも投票した2008年が58.2%、社会が大騒ぎし、トランプが勝利した2016年が55.7%)。ひ、低い!なので、残りの4割、選挙に行かない(選挙登録をしない)人々を「政治に非参加型の人口」と仮定した。

次に、選挙に行く6割の人のうちわけ。これが冒頭で書いたように、保守(共和党)とリベラル(民主党)の間、さらには無党派(Independent)との間で、ほぼきれいに当分されるのだ。全体で、政治非参加派が4割、保守派が2割、リベラル派が2割、無党派が2割。4:2:2:2となる。この数字には、長年ほとんど大きな変化がなく、政局や情勢に応じて3対1対2になったり、1対1対4になったり、という振れ幅がない。前出のグラフを見て頂いてもわかる通り、せいぜい1.8対2.1対1.9、ぐらいにしか変化しない。

アメリカの選挙民

次に、2:2:2の内訳(上の図でお皿の上に乗っているグループ)をみてみよう。まず両方の極に、政治に大変興味があり、確固たる信念を持っていてそれを大きな声で発信する人たちが陣取っている。彼らを強硬派と呼ぼう。これがおそらく各10%ぐらいづつ。次に、政治に関心があり、政局をきちんと追ってはいるが、それを声高に話したり行動したりはしない、という層がいる。彼らを穏健派と呼ぼう。これが残りの10%と仮定しよう。そして最後が20%の無党派層。無党派とはいえ、これもだいたい半々ぐらいでどちらかの党に寄っている。案分すると10%づつで、全体としてはきれいに半々にわかれる。

各党10%づつの強硬派はほぼ絶対に投票行動や信念を変えないし、必ず投票に行く。党から見れば鉄板の層だ。そして穏健派と無党派のうち、それぞれ半分づつぐらいが、共感を持っている党に投票する。これで各党の得票は25%づつ、合計50%の投票率。まだ拮抗している。最後のグループ、つまり残りの穏健派、無党派層、合計で10%ぐらいの人々が、各党からすれば「読めない」層であり、実際に政局や情勢を判断して投票行動を変えることで毎回の選挙の結果を左右しているのだ。つまりキャスティングボードを握っているのは結局国民の約1割にあたる浮動票だ。

なんとも絶妙なバランスだ。

4:2:2:2理論は、犬派猫派議論でもある

こんな絵に描いたようなきれいなバランスを、どうやったら保てるのだろう?社会情勢がどんどん変わるのに、なぜここまで完璧に「保守」と「リベラル」が拮抗し続けられるのだろう?というより、この不変なバランスの感じは、政治以外の何かに似ていないだろうか?そう、例えば、「あなたは犬派?猫派?」という議論に。

「あなたは犬派?猫派?」は、永遠に結論の出ない楽しい論争だ。なぜ楽しいのだろう?それは、話し合う前から、誰もが犬派と猫派、同じくらいの数がいる、ということを知っているからだ。優劣をつけたり、勝ち負けで一喜一憂することなく意見交換を楽しむことができると分かった上でああでもない、こうでもないと言い合えるからだ。

そうなのだ。人間が十人いれば、いろいろな人がいる。一方に犬派がいれば、絶対に他方に対抗勢力としての猫派が存在する。どちらにも絶対に犬、絶対に猫、という熱烈な支持者たちがいて、その二つの極点の間に、「どちらかといえば」「どちらもいい」「どちらでもいい」といった、異なった情熱のレベルを持った人たちがスペクトラムのように分散する。それが自然な人間のありようなのだろうし、社会を面白く、変化に富む場所にしている。全員が犬派、猫派の社会、あるいは、犬派になれ、猫派になれ、といわれる社会は、窮屈で楽しくないはずだ。だから猫派も犬派の存在を認めるし、犬派も猫派の意見を尊重する。みんなそうやって、ときには言いたいこともぐっと飲みこんで、社会を丸く収める努力をしている(中にはしない人もいるが)。

ここで政治に戻ろう。本来民主主義とは、スペクトラム状に分散する意見を持った人々の期待に幅広く応えるためにできあがった仕組みだ。全員犬派になれ、猫派になれ、という専制主義、独裁主義を否定するのが民主主義だ。猫派も犬派もいていいよ、というのが本来の民主主義の姿のはずだ。であれば、猫派、犬派が両方共感できるような政党が存在しなければならない。保守派とリベラルどちらが優れているか、ということではなく、選挙民を犬派、猫派のようにわけようとしたら、あるいは、犬派と猫派を代弁する仕組みをつくったら、究極は二大政党制にいきつくしかない。偶然ではなく、必然の結果なのだ。実際にアメリカはそうなっている。保守・リベラルありきではなく、選挙民の意見の分布を写し取った結果が、その二つの政党に収斂されている、ということなのではないか。

しかし日本はそうなっていない。自民党は万年与党だし、その他の政党は烏合離散を繰り返している。では、日本の選挙民は猫派、犬派のようにわかれてはいないのだろうか?一方の意見が圧倒的に優勢で、自民党が常に正しく、野党がだらしないのだろうか?

おそらくそうではない。日本の選挙民も、十人十色なはずだ。どんな社会だって、自然な状態では十人十色なはずだ。であるとすれば、戦後の日本は、自民党が対局の強硬派以外の選挙民を、だいたいふわりと支配下に置いている、という状況なのではないか。

日本に野党が定着できない本当の理由

なぜそうなってしまうのだろう。

実は単純明快な理由がある、というのが、アメリカの政治を見ての私の結論だ。それは、共和党強硬派(図の一番右端に当たる層)を知ることによって明らかになる。この層は、何よりもまず白人主義者である。白人の既得権益を守ることが第一で、困っている人を助ける福祉などは眼中にない。百年以上も前の、奴隷制度で潤った南部州の価値観を熱心に引き継ぎ、それを文字通り銃で守っている。彼らにとって政党は、政策云々の前に、まずは自分たちのエスニック・グループを代表する機関であり、そこに属することが、人種的アイデンティティを保つことにつながるのだ。彼らは保守派キリスト教を精神的支柱に、強力な地盤を築いている。

これが基本的な共和党のアイデンティティだ。そう、共和党の存在意義は、まず「人種」なのである。彼らが打ち出す政策は、白人と社会的勝ち組に有利になるようなもの、と非常にはっきりしている。この、小学生にも理解できる単純明快な軸が、全ての始まりなのだ。保守のカラーが決まれば、対立軸が決まる。白人だけ、男性だけ、金持ちだけ優先、といった思想に連なるものの反対にあるものを、民主党は次第にとりこむようになった。そのようにして、共和党と民主党は明確なカラーを得て、それぞれ選挙民の半々づつぐらいを抱える組織になった。(話がややこしくなるので今は振れないが、長い年月を経て、今では共和党の典型的な支持者は地方在住の高年齢白人男性、民主党は都市部在住、高学歴、女性多し、となっている。大きな変化はないが、変化のトレンドは確かに存在する。念のため。)

翻って日本。

アメリカと同じように、保守党が「人種」をアイデンティティの軸にしたとしよう。何が起こるだろうか?大多数の選挙民が自動的に保守党に属する、という事態になるのだ。ほとんどの国民が日本人なのだから、そうしかなりようがない。そしてそれが、実際の日本の政局日本で起きていることだ。政策、政策と皆口では言うが、結局はおそらくどの国でも、人種が一番大きな政党のアイデンティティなのだ。

アメリカのように人種も何もかも多様な国では、南部州の白人的な価値観に対抗軸を見つけることは全く可能であるし(実際に南北戦争の戦局は拮抗して何年も続いた)、それが機能している。しかし日本ではそうはいかない。保守党が「日本人であること」を価値として全面に押し出してしまえば、他の党はぐうの根も出ない。話を単純化されて、「お前は日本人じゃないのか」と言われてしまえば、「もちろん日本人です」「じゃあなんで保守派じゃないんだ」という乱暴な理論にからめとられてしまう。ネットを見ていると、それが今実際に起こっていることだ。非国民だの、中国、韓国の手先だの、そういったレトリックは、少しでも政治の情報を得ようとしてネットをさがすと、あふれるように出てくる。保守強硬派は、この「日本人カード」を切り札として使っているのだ。政策の詳細を勉強する必要も何もないそのカードがいかに便利で有効かは、みなさんもネットで目にされることと思う。

しかしそれは卑怯な手だ。国民がほとんど日本人→保守党に有利的有利、という構図は、野党が非国民だからできあがったものではない。もともと多様性に乏しい社会だったから、自然とそうなっただけだ。しかし、保守強硬派は「リベラル」というレッテルを武器にして、誰もが気軽に意見を言えないような社会にしてしまっている。同じ人種の中にもさまざまな意見を持つ人がいる。そんなのは当たり前だ。日本の選挙民だって、2:2:2に分布しているはずなのだ。それなのに、一つのグループだけが正しくて、彼らだけが大きな顔で社会を闊歩し、別のグループのことをあしざまに罵っていい、という風潮になってきている。罵られないための選択肢が、口を閉じてそのグループに迎合するしかない、そんな社会であっていいはずはない。これほど息苦しく、不自由なことはない。

結局のところ、保守⇔リベラル、という構図は、日本を助けはしない。もし日本人が大多数だから、大多数が保守になるとしても、そのグループの中での意見の多様性は絶対にあってしかるべきなのだ。日本人たるもの犬派であれ、となるはずはないのだ。ちゃんと猫派もいるべきなのだ。それを私たちは理解しなければならない。それを踏まえたうえで、どうやったら同じ人種間でも犬派と猫派が共存できる国、同調圧力が強く、少し意見を行っただけでこてんぱんに叩かれる国ではなく、健全な議論ができる国にすることができるか、を考えなければならない。

それと、政権交代が起こらないのも大・大・大問題だ。流れの止まった水は、必ず淀む。コロナ対策では、安倍政権の淀みが次々に露呈している。水は流し続けなければならない。アメリカでは政権が代わるという前提があるからこそ、一定の政党と官僚が完全に癒着することができない。癒着しても、連邦レベルでは4-8年で覆される。だから議員は自分で法案を書く。日本の皆さんに、この重要さをわかってほしい。官僚が法案を書く社会は、民主主義ではない。国民が何を言ったって、お国は勝手に「あんたたちはこうしろ、ああしろ」と決めごとを作るよ、不良品のマスクだって配るよ、税金をどうするかは俺たちが決めるんだから、と言っているようなものなのだ。

ではどうしたらいいのか。

やはり選挙民が変わるしかない。ではどうやって?小さくてもできることがあるだろう。

① 保守派対リベラル派、というレッテル貼りをやめよう。日本でアメリカのような構図をつくろうとしたら、ほとんど全員保守になるのが当たり前で、特に自民党がすばらしいわけではない、ということを認識しよう。そして、保守対リベラルというレッテル貼りが、日本の政治状況には合わない、ということを忘れないようにしよう。「リベラル」と言われる人たちだって、日本の社会をよくしたいと思っている人達だ。非国民だとか、他の国の利益のために動いている、というフェアでない攻撃を、無視できるようにしよう。もっといい呼び名があるといいのだが。私は「政権交代支持派」だ。

② 穏健派、無党派層こそが最も大事な選挙民だ。もしあなたが、政治についてネットに書き込んだりは絶対にしないが、政治のことはちゃんと考えている、と思うなら、あなたこそが最も重要な一人かもしれない。(アメリカの例を思い出してほしい。10%の浮動票が選挙結果を左右するのだ)声の大きい人だけが存在感を発揮する今の風潮にめげないでほしい。ともにがんばろう。罵詈雑言やさも正論のようなコメントを無視する勇気を持とう。ヤフコメやツイッターのコメントに負けるな。ホリエモンだけが論客ではない。攻撃的、扇情的、汚い言葉に負けるな。流されることなく、自分の頭で考えて欲しい。そして、選挙に行こう。投票したい人がいなくても、絶対選挙に行こう。それしか犬派も猫派も認め合って生きられる社会をつくる方法はない。

③ 野党のみなさんは、穏健派と無党派層のことをちゃんと考えて欲しい。今の支持率が合計で10%ぐらなのであれば、4:2:2:2のうち、穏健派と無党派をほぼ完全に取りこぼしている、ということになりはしないか?今の支持層が盤石で大切なのはわかるが、そこだけにフォーカスしていたら、絶対に支持層は広がりませんよ。声を出さない人たちのところに出向いて行って、その声をちゃんと聞いてください。

④ そして最後に、官僚のみなさんへ。もし一人でも官僚の方が読んでくださるとしたら、あなたたちが一番重要なカギを握っています。自民党とべったりの今のシステムは、今の世界情勢では国の弱体化を招くだけだ、と思われませんか。もしそうなら、政権交代が可能になるように、行動を起こしていただけませんか。政権交代が定着するには十年単位で時間がかかるはずです。そのとき日本はどうなっているか、想像できるのだったら、行動してください。法案は絶対に議員が書くべきなのです。

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