私が最初にウィンストン氏のプレゼンを聞いたのは、2015年のこと。カリフォルニア州のサンディエゴで行われていた、サスティナブル・ブランズ会議でのことでした。テンポよく軽快に、地球の現状、人間の置かれている状況、ビジネスがなすべきことをまとめあげる弁舌が爽快で、印象に残りました。その後、コカ・コーラがスポンサーとなり、会場で「ビッグ・ピボット」を無料配布していたので、もらって返って読み始めたのです。すぐに、「これはこれからの時代の教科書になるのではないか」と思いました。

私はカリフォルニア州でサスティナビリティにかかわる仕事をしているのですが、「全体が見えないまま仕事をしている」感じがずっとしていました。地球が人間だとすると、さまざまな専門分野の人が、それぞれ、ジャケット担当、シャツ担当、ネクタイ担当という感じで動いていて、全体のコーディネートが見えていないような感覚です。例えばエネルギーの専門家と食料資源の専門家は全く別だし、エコノミストと科学者も意外にすれ違わないし、行政、企業、NGOの間にも距離があります。ましてや投資家と消費者が話をすることなどない。それぞれの分野が高いレベルの専門性を持っているにもかかわらず、いやむしろ専門的すぎるがゆえに、ジャケット担当はネクタイ部門に口をはさめず、ネクタイ担当はボトムがスカートになる可能性を想定できず、そして、ジャケットとシャツが合っていても、靴が壊滅的に間違っている、というような事態を避けられない。様々な要素のバランスがサスティナブルな状態で取れている、地球の「トータルコーディネート」が皆のゴールであるはずなのに、どうにも全体の見通しが悪い。

ジャケット担当者も靴担当者も読めて、大枠の認識を共有できるような教科書があればどんなに話が早いだろう、とずっと思っていました。そんなときに「ビッグ・ピボット」を読んだのです。すぐに本が付箋でいっぱいになりました。「この本は日本版があるのだろうか」とすぐ思いました。筆者に問い合わせてみると、「まだ出ていない」とのこと。そこで僭越ながら立候補させていただき、独自の「ピボット」を遂げていらっしゃる英治出版さんに共感をいただいて、発売の運びとなったのです。

ここで内容のことを書くとネタバレになってしまうので割愛しますが、3つほど、「ビッグ・ピボット」とアンドリュー・ウィンストン氏の魅力を。

  1. スピード感と小気味よい切れ味。
  2. けっこうブラックな、ユーモアのセンス。
  3. マーケティング仕込みの、キャッチーで心に残るフレーズ。

まず、スピード感です。本書の中でウィンストン氏も書いているように、「地球が直面する気候や資源問題を端的にとらえつつ、企業が現行の経済システムを超えて、変化に対応し、生き残っていくにはどうすればよいか」、というのは、壮大なテーマです。例えば章になっている気候変動、投資家と企業との関係性、イノベーション。どれをとっても、それだけで大勢の優秀な専門家が、何千冊、何万冊と本を書いているような話題です。それらを、表層的になることなく、核だけを端的に取り出して整合性のある形でつなぎ合わせ、しかも「すいすい読める」形態でまとめる、というのは至難の業だと思います。しかし「ビッグ・ピボット」はそういう本なのです。見た目が分厚くて気持ちがなえそうになるかもしれませんが、途中で引っかかることなく、ぐんぐん読み進められます。それは非常に大事なことです。筆者指摘のとおり、とにかく「全部読む」ことが大事だからです。途中で挫折してしまうと、ジャケット担当、シャツ担当、お互いばらばら、の世界に戻ってしまいます。全部読まないと、「トータルコーディネート」をするための全体像が把握できないのです。ですから、彼の筆致は大きな助けになります。私も、彼の文章のスピード感が伝わるよう、工夫して訳したつもりですが、いかがだったでしょうか。

二つ目は、ブラックなユーモア。2015年のプレゼンで今でも覚えているのが、「地政形学的なリスク」という話のところで、ロシアのプチン大統領が上半身裸で馬にまたがっている写真を使っていたこと。もちろんそこで会場はどっと笑うのですが、「この写真、歴代の各国首脳の中で一番好きなんですよね」とさらに畳みかけていました。2016年の大統領選挙を経て、彼が言わんとしていたロシアをめぐる「地政学的なリスク」がリアルに感じられるようになり、今頃話が腑に落ちているところです。

笑うと能が刺激されるのか、人間は笑った時のことはよく覚えているようです。ともすれば興味のない人には眠くなるような議題であるサスティナビリティという分野において、笑いやユーモアは特に大事だと感じます。もちろん、敵対するグループが同じテーブルにつかなければいけない緊迫の場面でも、場を和らげるのに笑いやユーモアは有効です。

「ビッグ・ピボット」にもくすっとさせられるようなフレーズや表現が随所にちりばめられているのですが、気づいてもらえたでしょうか。訳の都合上、くだけすぎた表現はできなかったのですが、彼独特のユーモアが伝わっているとうれしいです。

最後に、ウィンストン氏はマーケティングの専門家。言葉の使い方がキャッチーだし、引用もうまい。繰り返しになりますが、壮大・難解・科学的なサスティナビリティの話をするときに、そのまま壮大・難解にしてしまうと、専門家以外の人はついてこられません。「トータルコーディネート」のためには、なるべくたくさんの人々を巻き込まなければならないので、端的なキャッチコピーなどがあると、話が早く進むのではないかと思います。「暑い、足りない、隠せない」というフレーズが典型的な例ですが(原文は”hotter, scarcer and more open”)、たった三つの単語で今世界が直面する「メガ・チャレンジ」を言い表せるというのは、コミュニケーション上非常に役立つと思います。同じような短いフレーズやセンテンス、あるいは引用文が、本のそこかしこにちりばめられていますので、ぜひ盗んで使ってみられてはいかがでしょうか。

ちなみに、”hotter, scarcer and more open”の訳ですが、私は最初に「暑い、足りない、丸見えの」と提案しました。ソーシャルメディアの発達により、どこにいても誰かに画像を撮られ、世界の目にさらされる雰囲気は、まるでガラス張りの家で生活しているような感じがしたということもあるのですが、ウィンストン氏は全体的にそれぐらい大胆な言葉を使うのです(下品という意味では全くありませんが)。それが有効で、全体的な話を、印象的なキーワードを通して記憶することができます。さすがに「丸見え」は却下されましたが、彼のキャッチーでインパクトのある言葉遣いも楽しんでいただければ幸いです。